2009年よりNY在住で、共にファッション業界に身を置くロン毛(Wataru Shimosato)と坊主(Ryo Miyamoto)が綴るブログです。

海外生活を通して培ってきた考え方、仕事論、ファッションネタ、NY観光情報など雑多に更新中。

ブルックリンでゲストハウス、またオンラインブティックNo.648を運営しています。


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断捨離に興味のない私がミニマリストブームの第一人者である佐々木さんと会って感じたこと

断捨離に興味のない私がミニマリストブームの第一人者である佐々木さんと会って感じたこと

ぼくたちに、もうモノは必要ない 佐々木典士 断捨離 ミニマリスト ミニマリズム 感想 レビュー

 

 

 

こんにちは、「ロン毛と坊主とニューヨーク(@longebose)」のロン毛、下里(@watarubob)です。

 

うちのゲストハウスには年齢、性別、職業と様々な人が訪れるのですが、

今回は日本の断捨離・ミニマリストブームの火付け役、

著書「ぼくたちに、もうモノは必要ない。」の佐々木典士さんが泊まりに来てくださいました。

 

きっかけは断捨離、ミニマリズムに感化された相方の坊主がせっせと自分の持ち物を減らし始めた際に書いた「必ず読んでおきたい!断捨離やミニマリストのブログまとめ10選&現在の部屋公開!」と言う記事。(まだ私たちが一緒に暮らし始めていない頃の記事で、今の坊主の部屋は記事中の写真の部屋よりモノが少ないですね。)

当時断捨離にハマっていた坊主が読んでいたオススメのミニマリスト系のブログの中に佐々木さんが主宰するブログ「「Minimal & ism ミニマル&イズム less is future」があり、その記事を見てくださった佐々木さんがうちのゲストハウスの存在を知って滞在してくれたという訳です。

 

さて、当時から断捨離をしてミニマリズムの思考にも触れ生活の一部となっている坊主にとって、佐々木さんとお会いできると言うのは喜ばしいことだというのは言うまでもないのですが、私ロン毛は坊主が書いた記事で佐々木さんのことを知ってブログもちょくちょく拝読させていただいていましたが、特にこれといって所持品を断捨離することもなければミニマリズムにも関心を持っていませんでした。

そんな私が自宅で佐々木さんと話して感じたこと、そしてプレゼントしていただいた「ぼくたちにもうモノは必要ない」を読ませていただいて感じたミニマリズムについて書いてみようと思います。

佐々木さんとお会いして、ブログのこと、ニューヨークのこと、どんな暮らしをしているかなどいろんな話をしました。

 

その中で「私は坊主と違って断捨離もしていないければ普通の人くらいにはモノもに囲まれて生活していますが、ここ数年はそもそも欲しいものがなくなって必要なもの以外手に入れることはなくなりました。」というような話をしたら「それはもう完全にミニマリストですね。」と佐々木さんから言われました。

驚きましたね、あのミニマリストの本まで出されている、いわばミニマリズムという生き方のプロである佐々木さんにそんなことを言われたのですから。

 

続けて佐々木さんは「ミニマリストは所持しているモノの量じゃないですから。モノに対する考え方なんですよね。」とおっしゃっていました。

 

 

私はここ数年、欲しいものが本当になくて、私の誕生日にプレゼントを考えてくれる人たちにも「ロン毛には何をあげていいかわからなくて困る!」と散々言われる程度には物欲がなく、実際に欲しいものがないので最近は大したモノも買っていません。

最近の私はモノを買うことがあるとすれば必要だと感じた時のみで、今パッと思いつく直近の買い物と言えばMacBook Proと掃除ロボットくらいのもんでしょうか。

これは欲しいモノを我慢をしているとか、お金がなくて買えないから、ということでもないような気がしていて、仮にお金があっても根本的にはこの考えは変わらないんじゃないかと思っています。

 

 

佐々木さんと話していて、また佐々木さんの著書を読んで妙に納得したのは「ミニマリストはモノの量ではなく、ミニマリストでもモノを持っている人はいる」という点でした。

 

あまりミニマリストブームや断捨離にもそこまで関心がなかった私ですが、今ではミニマリストの生活を綴ったブログや本がたくさんあるのは知っていて、ブログに関しては見かけると読んでみたりもしていました。

その中で気になったのは、断捨離やミニマリズムの経験を経ることで得られることを目的にモノを減らすための考え方なのに、そうではなくモノを減らすことが目的となっている人たち。

 

 以前の記事「あれ?断捨離って、ミニマリストってケチでお金を使わない人たちのことでしたっけ?」でも言及しているのですが見るからに(文章を読むからに)、

これはただビンボー臭くなってるだけじゃないのか?

 断捨離を経て生活がより豊かになることが目的なのに、逆に窮屈になって豊かさから離れていってないか?

という人たちが目についたんですね。 

そんなことなら私は断捨離する意味がわからないし、自分の納得して手に入れた特別なモノたちを愛して暮らしたいと思っていました。 

 

 

その私の考え方はが佐々木さんがいう「それはもう完全なミニマリストですね」という言葉の真意なんじゃないかと、佐々木さんとお話したり本を読んで感じました。

佐々木さんも実際に物質的な持ち物は少ないにしろモノは好きで拘りをもつ方だとおっしゃっていたので、本当に愛するものたちに囲まれて生活する私のことをミニマリストだと表現したのだと思います。

 

 

 

さて、ここからは佐々木さんの著書である「ぼくたちに、もうモノは必要ない。」を読んで、私が共感した部分などをピックアップしてみようと思います。(太字部分は私がもっとも共感した部分です。)

ちなみに今回、佐々木さんがニューヨークに来ることになったのはこの本が世界13カ国での翻訳が決まり、英語版「Goobye, Things」が発売されることになったから。

こちらでの発売イベントも大盛況だったようで、今後ますます世界中に佐々木さんの思想が広がっていっていくのでしょう。

 

 

まずはミニマリストの定義について書かれていた部分を抜粋。

どこまでモノを減らせばミニマリストだと言ってよいのか?定義すればどうしてもそこから漏れていくものがある。それでもあえて考えてみるなら、ミニマリストとは、「本当に自分に必要なモノがわかっている人」「大事なモノのために減らす人」だと、ぼくは考えている。

ぼくが思うミニマリストは、ただ他人の目線だけを気にした「欲しい」モノでなく、自分が本当に「必要」なモノがわかっている人。大事なモノが何かわかっていて、それ以外を「減らす」人のことだ。

この佐々木さんの考えが「ミニマリストはモノの量じゃない」たる所以なんだと思います。

 

 

個性について。

個性的であるとは、髪に緑色のメッシュが入っているだとか、唇に大きなピアスをしているとか、男性だけどスカートを穿きこなしているとか、エッジの効いたデカすぎるスマホケースなどとは別のことだと思っている。私服を制服化し、極めてオーソドックスな格好をしていてもぼくが会ったミニマリストはみんな個性的だった。

考えてみると、豊かな個性を作るのはモノではなく「経験」である。モノより経験に重きを置くミニマリストが個性的なのは、ごく当たり前のことなのかもしれない。

これは2010年から数千人のストリートスナップを撮り続けている私がものすごく共感することなのですが、個人的にはお金で買える個性には全く興味を持てなくなったことを代弁しているかのように思えました。

そのあたりについては「NYでストリートスナップを撮り続けてきた私から見たファッションの変化【後編】」を見ていただけたらと思うのですが、今思えば私の場合はストリートスナップを撮り続けて多くの人たちを見続けて来た中で表面的な薄っぺらばファッションに嫌気が差したことが自身のファッションもトレンドなどに関わらず真に好きなもののみを選ぶようになり、その感覚が生活する上でのモノにも波及して自分に本当に必要なモノが分かるようになったような気がしています。

頷きが止まらないほどに共感した部分でありました。

 

 

所持するモノの量について。

「必要」なモノは人によって違う。「減らす」内容も違う。だからモノがいかに少ないか競うことはあまり意味がない。あえて言うなら、たくさんのモノに囲まれていたとしても、本当に必要なモノが多かっただけで、モノを持つことで毎日の活力を感じられているなら、モノを減らす必要はないとぼくは思う。

ミニマリスズムは「苦行」ではないのだ。

私がいくつかのミニマリズムのブログなどを読んで感じた違和感、モノを減らすことに執着し生活が窮屈になっている(なっているように見える)ことに対する違和感をわかりやすく文字にして表現してくれている部分だと感じました。

 

 

世の中のあらゆるモノからの誘惑と無関係になることについて。

ミニマリストになると、世の中のかなりのメッセージから自由になれる。あの手、この手の工夫をしてくる、やかましい広告の言葉はもはや自分には関係がない。メディアで紹介される大金持ちにも、セレブにも憧れることはない。

これは本当にそうで、数年前まで普通に欲しいものもあって普通に買い物もしていた私は自分にとって本当に必要なモノを分かっていなかったからこそ世の中の流れのままにモノを漁っていた気がします。

今となっては完全に自分の必要なモノを理解しているので、流行り物やブランドの有名、無名なんて一切関係なく、自分の信じるモノだけを手に取るようになりました。

同時に、これは若い人には難しいことだとも思っています。

程度は違えど佐々木さんも私も含め、ある程度モノに囲まれる生活をしてみて、モノにお金を使ってみてから気づくことでもあって、それをしていない人にはこの考えは完全には理解し難く、それにはある程度の自身の経験が必要になってくるのかなと。

 

 

経験とモノについて。

「経験」はどちらが優れているか比べづらく「モノ」はすぐに比べられる。比べられる「モノ」の方が「自分の価値」も確かめやすい。
大事なことは、行動で得られた「経験」は、「モノ」と違い、借金のかたに取ったり、盗んだりできない。誰かが奪おうとしても「経験」は奪えないものだ。自分の外側にあるモノとは違い、いつでも持ち運びができる。どんな目になろうとも、最後に残るものは「経験」である。

これも以前書いた「「カネで買えないものにカネをかけろ」という親父の教えは人生の本質を突いていると感じた話」で同じようなことを書いているのですが、私は昔からいろんなことを経験させてもらい、逆に娯楽品のようなモノはあまり与えられなかった覚えがあります。

子供の頃、いやある程度の大人になっても尚この父の考えは特に意識したこともなかったのですが、ここ数年この考え方が自分にスッと入ってきて今となっては完全に理解できます。

1000万円払ったってその場で絶対音感が身につくわけでもなければショパンの幻想即興曲を弾けるようになるわけでもありませんが、1000万円の車はお金さえ払えば誰でも買えます。

誰でも金を払って買えるものはいつでも手に入る、そう思えば今しかできない経験に重きを置いた方が人生が豊かになるのは当然だと私は思います。

 

 

上で引用させていただいた部分以外にも私には共感できる部分がたくさんあった佐々木さんの「ぼくたちに、もうモノは必要ない。」。

これを読んでいると普通に「掃除でもしてみようかな」という気になるし、綺麗な部屋に憧れるので

・断捨離したい人や部屋を片付けるのが苦手な人

・「自分へのご褒美!」などと理由をつけてモノを買ってしまう人

はもちろん、

・ついつい人と自分を比べてしまう人

・小さな幸せを見つけたり日々の生活を丁寧に過ごしたい人

なんかにはとてもオススメな本です。(これを読んで今まで全く興味のなかった「瞑想」に興味を持ったのは自分でも驚きましたね。)

 

世界にも進出した「ぼくモノ」を是非どうぞ。

 

さてここからはちょっと余談ですが、ミニマリストでモノを持たない佐々木さんが8泊9日のニューヨークに来ることになって私と坊主で「佐々木さん、どのくらいの荷物で来るかね?リモアのバカでかいキャリーケースとかできたらどうする?」なんて話をしていたのですが、気になりませんか?ミニマリストの海外8泊9日の荷物。

手ぶら、バックパック、キャリーケース、、、

ちなみに通常うちに泊まりに来る人たちを見ていると、だいたい大きいキャリーケース一つと手持ちでバックパックやボストンバッグなどを持って来る方達が多いですね。

 

 

 

佐々木さんはというと、こんな感じでした。

 

 

最後に佐々木さんの今回の旅の総括がすごく本質的でだったのでご紹介。

正に佐々木さんらしい、素敵な考え方だと思いました。

うちのゲストハウスに佐々木さんの本も置いてあるので、泊まりに来た人もぜひ手にとって読んでいただきたいですね。

 

佐々木さん、短い間でしたが、充実した時間を過ごさせていただきありがとうございました!

 

断捨離関連の記事は過去にも色々言及していますので(主に坊主が)、よろしければそちらも是非。

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それでは「ロン毛と坊主とニューヨーク(@longebose)」のロン毛、下里(@watarubob)でした。

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