2009年よりNY在住で、共にファッション業界に身を置くロン毛(Wataru Shimosato)と坊主(Ryo Miyamoto)が綴るブログです。

海外生活を通して培ってきた考え方、仕事論、ファッションネタ、NY観光情報など雑多に更新中。

ブルックリンでゲストハウス、またオンラインブティックNo.648を運営しています。


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スタンダードを確立して外的要因に惑わされない人生を。

スタンダードを確立して外的要因に惑わされない人生を。

 

 

 

こんにちは、「ロン毛と坊主とニューヨーク(@longebose)」のロン毛、下里(@watarubob)です。

 

私たちはTwitter(@longebose)をやっていてるのですが(よろしければ是非フォローしてくださいね)先日、こんなツイートをいただきました。

読んでくださって、更にわざわざオススメですとツイートしてくださる方がいるのは非常に嬉しいことです。

 

それで、このツイートを見て、ちょっとびっくりしたことがあったのですが「海外住まいの意識高い人」と私たちのことを表現されているんですよね。

私たちは海外在住なので「海外住まいの」という部分はもちろんその通りなのですが、気になったのは「意識高い人」という部分。

それをみて「あ、私たちって意識高い(と思われている)んだ」と初めて気がつきました。

 

日本ではよく「意識高い系」というジャンルで人を表すことがありますが、初めて自分がそうやって表現されているのを見て、ちょっと自分なりの見解を。 

(あ、私はこのツイートで気分を害したわけではなく、むしろ単純にブログを読んでくださりツイートまでしてくれて嬉しかったのですが、ただ自分がそう表現されているのに驚いたというだけです。念のため。)

他人から見たストイックさも自分の中では普通のこと

私たちはこのブログで今までたくさん私たちなりの仕事論考え方、人生観などを綴ってきたのですが、正直自分では特に「意識が高い」と思ったことはありませんでした。

それには理由があって、簡潔にいうと私たちにとってその考え方や生き方というのは本人からすると意識が高いものでもなんでもなく、ただの日常であるからに他ならないからです。

つまり普通であるが故に私たちにとってみると、それは「意識が高い」ことではないので、自分でそう思ったことはないということですね。

 

先日、筋トレと食生活をストイックに意識して生活している相方の坊主が書いていたブログ記事「2017年度まとめ「生きるのに炭水化物、朝食、昼食は必要なかった」からの一文がいい例で、

私は、ロン毛や他の人からストイックだ、なんて言われますが、自分ではそんなこと全然思っていません。第三者の目から見ればそうなのかもしれませんが、自分では慣れちゃったので、これが普通となりましたとさ。

そういうことなんです。

他人から見るとストイックだったり意識しているように見えても、自分にとっては普通。

だから「海外住まいの意識高い人」とツイートしていただいた際に、なんだか自分にしっくりこなかったわけです。

 

 

「自分は自分、人は人」の意識

また、おそらく、それに加えて自分の行動や考えを世間と比較していないことで、自分で自分のことを意識が高いと思わなかったのかもしれません。

気がつけばいつからか、あまり私は他の人たちと比較をしなくなっていたのです。

自分の信じることを淡々とこなすイメージというか、他の人がどうだから自分がどうというのは関係ない、そう思うと随分と生きやすいんですよね。

 

私はファッション業界に身を置く人間で、服が好きなので、そういうことでいえば例えば数年前までは「あの人はまた新しい服を買って羨ましい!」なんて思うこともあったのですが、今では一切そういうことは思わなくなりました。

人と比較することをせず自分の中での満足度や幸福度を見つけることができるようになると、「人は人、他人は他人」という意識で生きていけるようになります。

 

その意識で生きていけるようになるとその考えは他のことにも繋がっていくもので「あの人は同じ年齢なのにあれだけ稼いでいる」だとか「あの人は親が金持ちで何でも手に入るのに自分は、、、」なんて考えて悲観的になることもなくなります。

 

ただし、それは自分の意思を押し殺して思い込むこととは違うとういことを理解しないといけません。

例えば自分の勤務する会社では残業100時間が当たり前という現状で、もし自分がそれに満足していない場合は「自分は自分、他人は他人だから仕方ない」と受け入れるのは違いますよね。(それでも幸せで満足しているならば問題ないでしょうが)

あくまで自分が心から信じる正義に対して、他人と比較する必要はないということです。

 

 

最後に

何だか最初のツイートの内容から随分と逸れてしまいましたね。

何となく、いただいたツイートについて考えてみたらそんなことを思ったのでつらつらと書いてみました。

 

一見すると関係ありそうだけれど、関係がないようにも思える今回の二つのトピック。

私が思うに、その両方の感覚はそれぞれ同時に育っていくイメージがあります。

自分の信じる道を歩み他人と比較することがなくなってくる頃には、他人から見た自分の見え方も自分の中でただのスタンダードへと変化している、というような感じでしょうか。

 

自分の思うように、日々を過ごし、自分の中のスタンダードを確立していけたら外部要因からも惑わされることなくブレずに突き進める、そんなことを思いました。

 

それでは、「ロン毛と坊主とニューヨーク(@longebose)」のロン毛、下里でした。

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