2009年よりNY在住で、共にファッション業界に身を置くロン毛(Wataru Shimosato)と坊主(Ryo Miyamoto)が綴るブログです。

海外生活を通して培ってきた考え方、仕事論、ファッションネタ、NY観光情報など雑多に更新中。

ブルックリンでオンラインブティックNo.648を運営しています。


ゲストエディター

ファッションに限らず常に考え行動しない人がオワコンである。

ファッションに限らず常に考え行動しない人がオワコンである。

 

 

 

今日の一枚

撮影者 : ロン毛

“ファッションネタの記事ということで、この方。プラダを着た悪魔のモデルにもなったUS VOGUE編集長のアナ・ウィンター。”

カメラ本体 : Nikon D3S / レンズ : F1.4 EX DG HSM

焦点距離 : 85mm / 絞り値 : F1.8 / ISO感度 : 250 / シャッタースピード : 1/1000秒


 

先日、相方が記事に書いていたのですがWWDが「ファッションは本当にオワコンか?」という見出しの号を出しましたね。(参照 : 「ファッションはオワコンか?」という業界紙WWDの記事が既に色んな意味でオワコンだと思う)

 

ニューヨーク在住のためなかなか日本の本を扱う書店に足を運ぶ機会がなく、本書の内容は見ていないのですが、 表紙から見るに9名の方が同内容について言及しているようです。

そして時を待たずして伝説のストリートスナップ誌であるFRUiTSが月刊発行を終了する旨を発表し、国内だけでなく海外のファッションメディアでも大きな話題となりました。

ファッションの一時代が目に見えるように変化しているため、こういう議論や話題は今後もっと出てくることと予想しています。

 

さて、私はというとニューヨークで2010年からストリートスナップを撮り続け、主に写真を通してファッションに関わることを仕事としているのですが、イチ服好きとして、そしてイチNYでファッションに従事する者として、これからのファッションについて私が思うところを書いてみようと思います。

 

 

WWDの記事は先程もちょっと書いた通り、実際に目を通していないので詳しい内容については不明なのですが、それに対する内容の記事で「原宿の一部をファッション特区にする」と書いてある記事を見ました。

裏原宿にファッション特区を作り、東京発の若手ブランドへ低家賃で店舗を提供するというような内容。

 

それを見た時に私は何だかとても違和感を覚えたのですが、その政策をしたところで日本のブランドの海外進出が進むとは全く思えませんでした。

 

確かに裏原宿で店舗を維持するのにはお金がかかりますが、それを安くしたところで日本の若手ブランドが育つとは思えない、というより若手が育つかどうかというのはそもそもそういう問題ではないんだと思うんですよね。

私が思うにその政策を実施したところでやる人はやる、やらない人はやらない構図は変わらなく、これからの時代はさらにその格差が広がっていくと思います。

 

 

70年代から原宿は東京の中でもファッションに関しては異質な場所でそれを求める人々が集まりが様々なカルチャーを生み出して世界のファッションに多大な影響をもたらしてきたことは事実ですが、今はその場所が原宿の一箇所から東京各地、日本各地へ分散されています。

原宿に行って服を買わなくても田舎に住みながらネットで買い物が出来る、そして原宿へ行って写真を撮られたり仲間と集まらなくてもSNS上で同じことが出来て、スクリーンをタッチするだけで世界中とやりとりが出来る時代。

 

ファッションのジャンルも昔のようなコテコテで分かりやすく細分化されたファッションから、「これはギャルなのか原宿系なのか」と、昔のように一言で言い表せないようなミックスされたジャンルによりファッションの垣根もなくなりつつあります。

これはFRUiTSの月刊発行終了の件とも関連してくると思うのですが、ストリート編集室の青木さんは「撮影したいと思う基準を満たす子が少なくなった」というようなことを言ってました。 

恐らくそれはFRUiTSという雑誌が原宿のファッション/カルチャーをドキュメントする雑誌として創刊されたものだからこそ原宿界隈での撮影に拘り、更にいうと過去の原宿のようなオシャレな子が集まっていた地域、そしてFRUiTSというある種のジャンルにバッチリ当てはまる確固としたスタイルと他ファッションのジャンルの境目が曖昧になってきたために、納得のいく基準を満たす被写体を探し回るには時間も労力もかかり過ぎる、ということなのかなと推測しています。

 

私も毛色は違えどストリートスナップを撮り続けている当事者なので、オシャレな子が集まる地域がないために当てもなく被写体探しをする過酷さは理解していますが、時間をかけて探せばたまーにいるんですよ、本当にかっこいい人も。

ただFRUiTSのように定期的に一定人数を撮りためて出版するとなると、1人の被写体を探し回るのに長時間かけてられないのは当たり前で、苦渋の決断だったなかなと勝手に想像していました。(私がスナップを好きになったきっかけも高校時代にストリート編集室から出版されたTUNEの影響が大きかったので、個人的にこのニュースは悲しかったですね。)

 

 

話は戻りますが、ではファッション特区を作ればその流れを食い止めることができるのかというと、それはやっぱり違う気がします。

 

日々ネットで多くの情報に触れ、情報の取捨選択が上手くなりどんどん賢くなる現代人。

クールジャパン機構なんていうちっともかっこ良くない政府が投資する機構が作るファッション特区にはそもそもファッションキッズたちは訪れないでしょう。

私だったら「クールジャパンが原宿にファッション特区を作ったんだって!行ってみない?」と言われても全く興味は湧かないですが。。。 

むしろこれからは大きな組織よりも個人に惹かれる人が多くなると思うので、これから感度の高い人はそういう表面的に作られたものにもっと露骨に嫌悪感を示し、ますますその場所から離れていくという予想なんですけどね。

 

 

では、ファッションはオワコンなのか?という問い、そして「じゃあファッション特区以外で原宿は救えるの?」という問い。

これに関しては当たり前すぎる話なんですがブランド側だったりショップ側だったり、要はファッションに関わる人間が今まで以上に頭を使って動かなければファッションはオワコンの一途を辿るでしょうし、原宿の現状も変わらないと思うんですよ、結局のところ。 

 

 

例えば今、世の中にどれだけのブランドがあって、どれだけの学生がデザイナーを志しているかという現状を考えればわかりますが、市場は明らかに飽和状態です。 

そんな中で従来のやり方に沿って服をデザインし、生産し売ろうと思っても、生き残るのは既に不動の地位を築いているビッグメゾンか、または運や実力を兼ね備えた1%にも満たない極々少数の新規ブランドでしょう。

 

それなのに従来のやり方の脳のまま、ファッション特区など作っても何も変わらないし、ましてや世界に進出するブランドだってそこからは生まれないと思いますね。

従来のやり方全てが悪いとは言いませんが、それに何の疑問も抱かずに与えられた条件をこなすことがまず大問題です。 

 

この6年間NYFW(ニューヨークファッションウィーク)で様々なブランドのショーを見てきましたが、 私からするとそもそも半年毎に数百万円もの大金をかけて行われる「ファッションショー」という見せ方自体が本当に必要なものなのかと思いますし、シーズン毎分けて服を作る必要があるのかすら疑問です。

私がもし若手ブランドを運営する側ならばファッションショーなどやらないだろうなと思います。

 

もちろんファッションはヒトの感情に訴えかけるものなので、論理的に必要最低限で運営するだけが正しいわけではありませんが、どう考えても無駄なシステムや今の時代に最適化できそうな昔からの流れがあるという事実は無視できません。

 

 

それから今は一昔前と違ってインターネット、SNSの進歩によって世界との距離が格段に近くなりました。

日本のド田舎にいてもニューヨークや他の全世界の人々と繋がれるチャンスがある、これはもちろん今までのファッションの長い歴史の中でもここ数年の話で、無意識的に日常でその世界に浸っている現代人と組織の上に立つSNSも何もわからないおじさま達との思考にはズレが生じるのは当たり前です。

 

日本は国内だけでも1億人以上の人がいる国で、日本で有名になればわざわざ本気で海外を目指すということをしなくていいのは事実かもしれませんが、先にも述べた通り今はただの一般人でも最初から世界とつながっていて、そういう時代なので今の若い世代の若い人は、その人は必然的に海外も視野に入れて動き出すはずなんですね。

そういう外への意識を持ちながら内側(国内)に注力するのと、外を考えずに内側にのみ注力するのでは意味合いが全く違いますし、当然それに伴う行動も変わってきます。

 

そして既存のシステムやファッションのあり方に疑問を持ち、服と関わることと同等なエネルギーを持って頭を使い考え続ける人たちは、そんな机上で練られた政策や援助などなくとも自分たちでどんどん発信し世界で勝負しはじめる、と私は思いますね。

それに自分でできる人は組織と組むより自分(達)だけで動くほうが縛りもなく自由にスピーディーに身動きが取れることも知っています。

だからファッションはオワコンか、原宿は救えるのかと議論して、甘っちょろいシステムを作ったところでその程度のモノしか生まれず、自分で考え進む人はそんな議論はほっておいてどんどん世界に出て行くことで今後は更に格差が更に広がるでしょう。

 

 

ファッションに限ったことではありませんが、もう常に自分で考えて行動できない人は時代に取り残されるんです。

変化できる人が最強という現実は、時代の流れが速くなればなるほど顕著になっていくでしょうね。 

 

 

SNSやネットの生活を実際に毎日習慣として駆使して生活していない組織のお偉いさんたちが机上で考え導き出すアイディアに頼っても全く意味がないことを理解し、自分でどんどんやっていくことで見えてくる世界、むしろ自分でやることでしか見えない世界があるのかなと私は思っています。

色々書きましたが、結論として現場に立つ人間が時代のリアルを感じ取りながらそれに最適化した方法、もっと言えばその更に一歩先を行くくらいの動きを取りながらファッションを通してビジネスをしていくことですね。

 

偉そうなことを書いて何も具体的な案を出してないじゃないかって?

その具体的な案というのは実践しながらその都度見えてきたものを調整したり伸ばしたりしながら各々で見えてくるものです。

自分で考え行動している人にしかこの感覚は分からない、フリーランスとして働く私はそう思っています。

 

考えながら変化しながら生きる。

 

ファッションに限らず今からの時代にはそれ以外の道はないでしょう。 

 

ブログ内のファッションネタの記事でも抜きん出て読まれている、こちらの記事もよろしければどうぞ。

→ NYでストリートスナップを撮り続けてきた私から見たファッションの変化【後編】

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