2009年よりNY在住で、共にファッション業界に身を置くロン毛(Wataru Shimosato)と坊主(Ryo Miyamoto)が綴るブログです。

海外生活を通して培ってきた考え方、仕事論、ファッションネタ、NY観光情報など雑多に更新中。

ブルックリンでオンラインブティックNo.648を運営しています。


ゲストエディター

巷に溢れる「やりがい・生きがい・好きなこと」から離れる生き方

巷に溢れる「やりがい・生きがい・好きなこと」から離れる生き方

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どうもコンチワ!お久しぶりです。坊主「@longebose」です。

 

先日自分で古着やリサイクル生地で服をリメイクしまして、アウターとスカーフを無事完成させたわけですが、作り終わった際の満足感は一瞬であり意外とアッケラカンとしてました。

 

作ったモノ自体には満足していて、手前味噌ながら傑作だと思っています。

 

しかし作ったコトに対しての”満足感”は極少なかった為、「ヨシ!もう一枚作るか!」という気分にはサラサラなっておりません。「ヨシ、やっと出来た!サッサと出勤しよ!」って心持ちでした。

 

将来はこんな感じで細々と飯食ってけねーかな、なんて思って作業してましたが、

2品完成後は、にっちもさっちも、体、もとい手が動きませんでした。

 

最近何かを達成して結果を得ることに、そんなに刺激を感じなくなっておりまして、

「まぁ何とも味気ない人生を、坊主は送ってるんだ」と思われるかもしれません。

自分でも、「ちょっとこの感覚はどうなんだろ?もう何も欲しくないぞ。冬のせい?」と疑問が頭をよぎりました。

ロン毛に「こりゃどうなんだろ?」と訊いたら

「結構イクとこまでイった感があるね坊主。俺のこと変人扱いしてるけど、坊主も相当変だよ。何も欲しくないって結構な考えだよ」と半笑いで言われました。

 

でも別に憂鬱や無気力になってるわけじゃなくて、普通に会社出勤して目の前にある課題や目標を達成する行動をしてますし、毎日結構イイ感じなんですよね。身体はムッチャ調子いいですし。

 

でも「やってやろう!」っていう感じではないんダス。淡々とこなすだけなんダスね。

 

この感覚を簡単に表現すると、成果主義じゃなくて過程主義になってるんですよ多分。

成果をあげることで、ドン!とドーパミンやアドレナリンを分泌させるのでなく

過程というか活動中、ズーッとセロトニンが一定量分泌、睡眠中はメラトニンが分泌してる感じです。

 

これは比喩表現なので、ホルモン分泌に詳しいお方はご容赦下さい。

 

っていうことなんで、あんまり行動した後の結果がどうなっても気にならなくなったんですね。

 

ニューヨークで出会い、素敵な友人であると私が勝手に思っている

佐々木典士さんの言葉を借りれば、私坊主は今「ただ生きている」モードなんです。

 

「何が楽しくて生きてるの?」と訊かれたら、

「うーん。ただ楽しいから生きてるの。”何が”とかじゃなく」と答えるかもしれませんね。

まぁこんな不躾な質問する人はあまりいるとは思えませんが。

 

よく「人生はゲームみたいなもので、レベルアップしてより高度なことに挑戦してクリアしていく楽しみがある」と耳にします。

 

そのドラクエ的な楽しみも一つの生き方で、大いに結構ですが、

私坊主は一番好きなゲームは「ドラクエ」じゃなくて、「牧場物語」なんですよ。

終わりがない牧場物語LOVEな男なんです。

 

実際今、庭で二羽飼っているニワトリの世話も好きです。

なんなら卵産んでくれなくてもOKなくらい、アイツらの世話が私の中で習慣化しております。

実際卵産まなくなったら、捌いて鶏鍋にして食べますが。

 

私達の周りだけかもしれませんが、記事タイトルの「やりがい・生きがい・好きなこと」で生きていく風潮が最近流行っていて、大変結構なことです。

 

でも「やりがい・生きがい・好きなこと」を探さなくても大丈夫な人達もいると思うんですよ。

 

先日まで、私坊主も服作ったり、ポッドキャストしたりして上記の3つを探しており、行動している時は楽しいんですが、何か窮屈でした。

 

社会に「好きなことくらい見つけろよ」みたいなこと言われてるみたいで。

 

後、このキーワード達に続くことが多い言葉群「情熱、愛、信念、面白いコト、価値、本気」がシックリこなかったんですよ。

 

そして、私自身、”何か見つけた結果”を期待してた気がするんです。

 

これまた佐々木さんの記事中の言葉を借りれば、「生きる理由」を探してたんです。

でも理由なくても生きてられるんですよ。

ていうか

「やりがいがないと体動かないの?」

「生きがいが無いと生きられないの?」

「好きなことしないと死ぬの?」て感じです。

先日闇金ウシジマくん読んだせいで、何か辛辣なセリフですが、

私が言いたいのは、まぁ無理してキラキラした何かを見つけようとしなくても、今すべきことをしてたら、数珠繋ぎみたい人生勝手に流れて、生きてられるから大丈夫だよってことです。

 

「嫌いな会社でも3年は働け」という文化は今叩かれていますが、

「好きなことで生きていく」のも一つの作られた文化で、今流行っているだけだと思います。

それぞれの文化に合っている人達と合わない人達がいるだけです。

 

そしてそれぞれの人達に成功と幸せがあることでしょう。

 

持論ですが、おそらく成功と幸せは違うと思います。

成功は他人の観点

幸せは自分の観点

まぁ、詳しくそれぞれの定義は調べてないので、そもそも二つの概念は相容れないものかもしれません。

只の持論なのでご容赦下さい。

他人が「あの人は成功者だ」と思えば、その他人にとっては、現時点では貴方は成功者。しかし明日にはそうは思われてないかもしれません。

逆に他人が「あの人は幸せだ」と思ってても、貴方がそう思ってなかったら、貴方は幸せではないでしょう。

 

昔の記事で、「どの道にいっても500キロのウンコが貴方の行く先を塞いでいる」と、何ともアレなタイトルの記事を書きました。それは事実だとは思いますが、

今私が考える極論を言えば「立ちはだかるコレは果たしてウンコなのか?それは私の思い込みじゃないか?ていうか、もしこれウンコだったとしても、ウンコを全身に被って進むのってそんなに大変?」という具合に思考回路を組み替えれば、ウンコがウンコでなくなって普通の土の山に変化しそうなもんです。

 

逆に「これはウンコだ」って脳が認識すれば、脳が危険信号だして勝手にその臭いと気持ち悪さを増幅させるもんです。

「これは肥料だ」って脳が認識すれば、脳が勝手に増幅させる臭いは軽減されるでしょう。

「これは土だ」って脳が認識すれば、想像からくる臭いはゼロになります。

このレベルまでもっていったら、立ちはだかるウンコなんて何か臭う土の山みたいなもんです。

想像からくる恐怖とストレスをゼロにできます。

 

久しぶりに記事を書いたので、色々なことに話が飛びましたが、まとめると

人生いろんなことが過ぎ去っていくけど、

生き方なんて深く考えず、その結果・成果も求めず、

雑音や周りの目が混ざって、積み重なった目の前にあるウンコも、

只の土と解釈して「ただ生きるモード」もあるよ。ってことです。

淡々と軽やかでオススメですよ。

では坊主「@longebose」でした!

あなたはドッチ?分かるヒトには分かる太陽の女と月の女 第三弾!

日本のファッション雑誌、そろそろ目を覚ました方がいいと思います。

日本のファッション雑誌、そろそろ目を覚ました方がいいと思います。