2009年よりNY在住で、共にファッション業界に身を置くロン毛(Wataru Shimosato)と坊主(Ryo Miyamoto)が綴るブログです。

海外生活を通して培ってきた考え方、仕事論、ファッションネタ、NY観光情報など雑多に更新中。

ブルックリンでオンラインブティックNo.648を運営しています。


ゲストエディター

[お金のハナシ] 仕事の対価

[お金のハナシ] 仕事の対価

ロン毛と坊主とニューヨーク

フリーランスでも会社勤めでも

仕事に対する報酬として

お金を受け取るのが一般的であります。

 

 

生きていくのにお金は必要不可欠で

自分の欲しいものや必要なものもお金があれば手に入れることができます。

 

 

私はフリーランスとして自分の報酬を自身でマネージメントできる立場上、

お金以外のものを報酬にもらって仕事をすることも少なくありません。

(ただし、私の場合それはかなりピンポイトな条件下でのみ成立するのですが。)

 

 

例えばですが最近の撮影の仕事。

私の好きなデザイナーのシューズの撮影依頼がありまして

その際にお金を報酬としていただく話しでしたが

私はお金ではなくそのデザイナーの靴を報酬にいただけないかと打診しました。

デザイナーがイタリアでハンドメイドで一足一足丁寧に作る靴、

履くたびに、月日が経つたびに味が増し10年以上は楽しめる靴、

ずっと憧れだった彼の作る靴です。

私がお店で定価にて購入するにはそれなりの覚悟と預金残高の余裕が必要でしたが

今回私の写真という技術やセンスを提供する代わりに彼の靴という作品をいただくということで

仕事にお金の流れは発生しなくとも仕事として成立しました。

 

 

 

こういう考えは甘っちょろいと思われてしまえばそれまでですが

自分とクライアント間でお互いがwin winな状態ならば

仕事の報酬が必ずしもお金である必要はなく、

極論を言えばお金はなくても心の豊かな生活は営めるのではないでしょうか。

 

もし本当に生きていく上で自分の必要なものや欲しいもの全てを自分の仕事の対価として受け取れるなら

それこそお金なんていらないようなものです。

 

持ちつ持たれつの関係と言いますか、

仕事の場合は自分の持っていない部分をクライアントさんに他の部分で補ってもらう。

お互いの価値を提供し合うことで

それがお金であってもモノやサービスなどの実態のないものであっても

双方が納得していれば立派な仕事の報酬になり得ます。

 

 

そんなふうに働いたり考えたりしていると

お金にどれほどの価値があるのかということを考えたりして。

現在2015年、21世紀真っ只中でありますが

結局は人と人が繋がってい生きている世の中ですので、

お金という概念がないほどの大昔のような感覚を少しでも自分が持ち合わせていれば

お金だけに囚われず、お金だけに固執しないでも生きられるようになるのかなとも思っています。

 

 

 

とはいえ現実問題やはりお金は生きる上では必要で

私も基本的にほとんどのお仕事は

お金を報酬として仕事をさせていただいているのですが。

 

 

お金は世の中の全てでもありますが、

実際はそうでもなさそうな、

そんなことを思いながら生きています。

 

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